APT的なBlack-Litterman

残高は、必ずしもリスクを表現しない。またリスクは、必ずしも残高を伴わない。


リスク推定とリターン予測から、それぞれの投資対象に配分する残高を決めようというのが、マーコヴィッツポートフォリオ最適化の枠組みだった。また世界中の資金調達の残高と、それらに推定されるリスクから、相対的なプレミアムの大きさを記述しようとするのがCAPMだ。これらを道具に、それぞれの投資家が、どんなふうにリスク資産に対する見通しを持ち、ポートフォリオとして表現するか、Black-Littermanは記述する。この枠組みを、残高でなくリスクの言葉で書き換えたいと、僕はずっと考えていた。なぜなら、投資家としての自分が考える対象は、残高でなくリスクだからだ。資金を投じてETFを購入するのと、資金は動かさずにTOPIX先物を買い建てるのと、僕にとっては同じことだ。残高とリスクを切り離して取引する自由*1は、チャレンジを続ける世界の構造を、より鮮明にすると考えている。


で、完成した。なぜ突然書けたのか、自分でもよくわからないが、10年以上もの間、頭の中でなんとなく動いていたものが、シンプルに鮮やかに、記述できるようになった。本当に嬉しい。早速ご紹介させて下さい。


例えば債券は、多くに共通する金利リスクと、発行体に固有の信用リスクから構成され、株式には例えば、それらに加えて、業績を左右する複数のリスクがある。そのすべてを数え上げてkx1ベクトルFとし、それらを組み合わせて各資産を構成するnxk行列Bとするとき、各資産リターンはBFで、その共分散はFの共分散行列Λを用いて、BΛBTで表現される。APT的なファクターモデルを想起いただいてよい。一方で、各資金調達の残高合計はnx1ベクトルWeqとして市場で観察されており、それは代表的な投資家のリスク回避度δと先の共分散とによる、マーコヴィッツ最適化問題の解であるはずだ。CAPMの別の表現である。


BF = δBΛBTWeq


両辺に左からB-1を掛けたくなるが、そうしてN(0,τΛ)に従う各リスクにかかるベイズの事前確率だと思おう。τは、均衡への確信の深さを表すパラメータである。一方で投資家は、それぞれのリスクに対して見通しを持つ。例えば日本国債への見通しは、金利リスクへのそれと、財政リスクへのそれとの線型和で構成されると考え、またトヨタ株式へのそれなら、加えて北米での自動車需要や、リコール問題の動向だって左右するだろう。見通しのポートフォリオlxk行列Pと、N(0,Ω)に従う期待プレミアムlx1ベクトルQで、事後確率を表現しよう。


F = δΛBTWeq + εeq, εeq~N(0,τΛ)
PF = Q + εview, εview~N(0,Ω)


このとき、各リスクに期待するプレミアムE(F)は、以下のように推定される。


E(F) = [(τΛ)-1 + PTΩ-1P]-1[δ/τBTWeq + PTΩ-1Q]


先のリスク回避度δと合わせて、再びマーコヴィッツの枠組みで最適なリスク配分を探るとき、特段の制約がなければ、以下のようなポートフォリオWriskが解として構成されるはずだ。


Wrisk = BTWeq + PT[Ω/τ + PΛPT]-1[Q/δ - PΛBTWeq]


こうして表現されたリスクのポートフォリオは、その一部は各資産への投資で、また別の一部は、例えばスワップを用いてリスクを直接取引することによって実現されるだろう。取引上のコストや制約条件を考える場合には、最適化問題はやや複雑になるが、とはいえ理想的な環境下に想定される解析解の意味するところを理解するのは大切なことだ。右辺第一項BTWeqは、言わばリスクのパッシブなポートフォリオである。市場ポートフォリオを買うとき、自動的についてくるリスク配分と考えてもよい。これに、見通しポートフォリオの線型和が足される。それぞれに対する重みは、やはり最適解の形をしている*2が、その分子は、δで調整される期待プレミアムQから、見通しに含まれるベータ成分PΛBTWeqが差し引かれている。実に直感的だ。


今やリスクは残高から切り離され、見通しに基づいて、それぞれに取引される自由を得た。スワップ市場の発達は、こうしたモダンな表現の力を、より一層強くさせるだろう。僕自身も、こうして書き下すことによって、それまでよく見えていなかった課題までが、つぎつぎと鮮明に、目の前に現れてきている。要するに、すごく興奮している。とても幸せだ。ブラックは、褒めてくれるだろうか。

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*2:id:equilibrista:20091124:p1