最小分散ポートフォリオをカモる財務戦略

「リターン予測など当たらない」という信念は、「インデックス運用に投資しろ」という主張として表現されるのが定番だ。「世界をそのまま買おうぜ」というシンプルな提案は、世界って何だという、実はあまり簡単でない問いさえ一旦横に置いておけば、とても魅力的で説得力がある。ところが「最小分散ポートフォリオに投資しろ」という、新たな流行の波をつくり出そうとする輩が、最近鼻息を荒くしていると聞く。CAPMの逆襲を標榜する当ブログの立場からすれば、そんなものには当然同意できないわけだが、仕掛け人も絡んだ発信源の論文が、我々のファイナンス勉強会のトピックとして採り上げられるとなれば、すこし真面目に考えないわけにはいかない。


Minimum-Variance Portfolios in the U.S. Equity Market: The Journal of Portfolio Management
http://www.iijournals.com/doi/abs/10.3905/jpm.2006.661366

MSCI Global Minimum Volatility Indices - Minimum Volatility Indices - MSCI Barra
http://www.mscibarra.com/products/indices/thematic_and_strategy/minimum_volatility/


最小分散ポートフォリオとは、概念そのものは決して新しいものではなく、マーコヴィッツの昔から存在している。要するに、とにかく全額投資しなきゃ駄目なんだけど、でも一番リスクが小さくなるように、投資対象を上手に組み合わせろという、なんとも中途半端を感じざるを得ないシロモノだ。なぜ半端かって?だってリスクを小さくしたいのなら、単に少なめに買えばいいじゃない。特定の金額分は絶対買わなきゃいけないのに、でもリスクは最小化しろという主張の矛盾は、結局最後まで尾を引くことになるというのが、僕の理解だ。状況としては、深夜に異性について語る、修学旅行の中学生に似ている。


「いいか、絶対この中から選ばなきゃ駄目だからな」


連中はセールストークとして、最小分散ポートフォリオを構成するにあたって、特定のリターン予測は必要とされないのですよと嘯く。モノは言い様の悪例だと思うが、その解析解の形*1を見れば一目瞭然で、要するにそれは、単にすべての銘柄に対して同一のリターンを期待しているのと同じことだ。言い換えよう。繰り返そう。すべての銘柄に年率40%のリターンを期待するとき、我々が持つべきは、最小分散ポートフォリオ(の定数倍)なのである。


こういう脇の甘い、しかし大きな金が動く話を耳にすると、つい反射的にカモる方法を考えたくなってしまう。いや、綺麗な言い方に直そう。裁定が、均衡と効率を実現するのだ。万が一にも最小分散ポートフォリオが大流行して、多くの投資家がそのように行動するとき、我々は資金調達をどのように考えればよいか。簡単だ。リスクを減らせばよい。最小分散ポートフォリオは、とにかくリスクが小さいと思われる銘柄に、資金を突っ込んでくるからだ。


例えばビジネスの規模を小さくすることによって、あるいは単に現金を持つことによって、他のビジネスとの相関はそのままに推定リスクが小さくなれば、そうでない場合と比べて、資金調達は楽になるはずだ。株価は上昇するはずだ。なぜなら連中は、買いを入れてくる。または、単に会社を分割してもよいかもしれない。小口に分けたからといって同種のビジネスの規模が変わるはずもないが、分割された各社の資金調達に対して、最小分散ポートフォリオが要求するプレミアムの水準は、全体として劇的に下がるはずだ。時価総額が、細胞分裂する!どちらも頭がおかしくなりそうなほど矛盾した話だが、もちろんそのとき、最小分散ポートフォリオTOPIXに負けるだろう。


最小分散ポートフォリオは過去によい成績を生み出してきたのだと、連中は大声で主張する。が、実際は単に低リスクのビジネスに賭けていたに過ぎない。バックテストの結果を見れば、ITバブルを駆け上がる99年には大負けして、それらが崩壊する過程で元に戻っている。我々の主張と、何の矛盾もない。ほんの少しだけ、結果的に成績を挙げたバックミラーだが、それだけを覗いて前に進めるはずもない。


モジリアニとミラーは、調達でなくビジネスがマターだと言った。そのビジネスを、まんべんなく買っておけと言ったのがCAPMだ。そのとき、リスクとプレミアムが見合う。もう半世紀も前に発見された普遍の原理に挑もうとするドン・キホーテは、需要と供給で決まる価格の風に、簡単に吹き飛ばされるだろう。

*1:Σ-1l/lTΣ-1l