個人投資家のためのリスクマネジメント
忙しいひとのために、結論から先に書いておこうと思うが、1)どんなリスクを、2)どのくらいとるのか、この二点が肝要である。リスクマネジメントみたいな単語を持ち出した瞬間に、「ちゃんと日誌を書こう」と言いだした学級委員を見るような目で、こちらを眺められることは常なのだが、言うまでもなく、報告しない仕事に、ひとは手を抜く仕様になっている。もちろん個人投資家は、つまり自分のエクイティを削って投資しているわけで、誰かに報告する必要はないわけだが、そのことを自分に報告する規律の甘さと混同してよい理由にはならないのは、だって勝ちたいんだろ?何をするのか、それでどうなったのか、ちゃんと把握することは、そのためのスタートラインだ。
「トヨタを買う」を考える
例えばトヨタの株式を買おうかどうか判断する際には、トヨタのビジネスにかかる様々な要素について、よく考えるかもしれない。北米の自動車需要は、今後どのように推移するだろうか、国内の部品調達の環境は、あるいは為替の動向はどうだろうか、といった具合だ。こう考えよう。トヨタの株式は要するに、それらのリスクが、まるごとセットになって売られている。ひとつ買うと、全部ついてきちゃう。そう思って改めて、どんなリスクを自分がとりたいのかについて考えてみるとき、行動の方向が見えてくるはずだ。そもそも株式市場の全体が売られたり買われたりするリスクを切り離したいと思えば、その分だけETFの持ち分を調整することで、より自分のイメージに近づくかもしれない。国内自動車産業の動向よりも、トヨタ固有の事情に賭けたいと思えば、その分だけ日産やスズキの持ち分を調整することで、より自分のイメージに近づくかもしれない。あるいは部品工場の以下略、あるいは為替の以下略。
ひとつの有価証券は、須く複数のリスクを抱えているが、それらのひとつひとつは、一般に別の有価証券にも同時に抱えられている。だとすれば、それらを組み合わせることによって、原資産としてのリスク群のエクスポージャを、多少凸凹してしまうことはあれど、それぞれに調整することが可能だ。一点目の「どんなリスクを」とは、つまり取引可能な銘柄群の、相互の関係を考えることに他ならない。別に「計量的」である必要はない。勘だって構わない。個人投資家にとって、報告の相手は自分なのだから、納得いくことだけが大切だ。
その大きさを人生と見比べる
もうひとつ、そうして判断した北米トラック需要のリスクや、新しいハチロクのリスクについて、自分が引き受けるその大きさは、当然のことながら、先日に固定金利で組んだ住宅ローンと自宅、あるいは将来に稼ぎ出す給料や受け取る年金、もちろん老後の生活費のリスク、また事故や病気のリスクと、最初からポートフォリオを組まされている。それが神の与えた人生だ。これらをバラバラに切り離して、部分的に大きなリスクをとったり、部分的にチャレンジを諦めたりすることは、どんなに自分に言い訳してみたところで、結局のところ最後には自分に撥ね返ってきてしまう。それぞれの大きさを考えるのに、別に「計量的」である必要はない。勘だって構わない。個人投資家にとって、報告の相手は自分なのだから、納得いくことだけが大切だ。
株式や債券、為替や不動産、あるいは商品で非常に大きなリスクを負担して、その後の生活を楽にした個人投資家は沢山いる一方で、途中で挫折し、そのツケを払わざるを得なくなった者の数もまた莫大だ。五分五分に近いチャレンジは、そもそもジャンケン大会だと思って、プランの全体をもう一度見直してみるとよい。(偶然)勝ち残ったチャンピオンだけを眺めて、自分もまたその場所に容易に辿り着けると考えることは、残念ながらあまり現実的でない。だからといって、すべてを諦める必要もない。負担することがやぶさかでないリスクを探して、心地よい大きさで引き受けることは、もっとも大きな分業の一翼を担う最高をもたらすからだ。