統計解析のはなし

統計はビッグだとか、データが最強だとか、なんだかハッタリ染みた見出しを最近よく見かけるのだが、もちろん読んでもいないのに批判するつもりなど毛頭ないのだが、道具の手触りを伴わない「らしいよ」情報は一般に、なんだかスゴいらしいよとか、これからは必須らしいよとか、要するに飲み屋でジョッキを片手に展開する他に、これといって出しどころがない。


じゃ実際に道具を使ってみようと、5分でわかるエクセル統計みたいな本を手に取れば、セルの羅列まで各ページに印刷してあって、やってみれば出来そうなものの、「面倒」と「だから何」のポリリズムが次々と襲ってくる。じゃ硬派な教科書をと、恐る恐る覗いてみれば、こんどは学生時代にあれほど忌み嫌った、クールな数式と演習問題のオンパレードで、頭痛の痛さといったら夢に出てくるレベルである。


統計も、辺境とはいえ数学の一部であって、学ぶための書籍を構成しようとすれば、大きく二種類に分けられる。一つは、さまざまな角度から捉えうる概念の共通部分を探り、抽象化し整理された記述を追う方向、もう一つは、そのように整理される過程を追体験して実感できるよう、さまざまな例題を並べる方向だ。もちろん前者はページを開くだけで、その見栄えにアレルギー反応が出てしまう方は多いだろうし、後者は買ったはよいものの、最初の数ページだけ取り組んだ後には、放置が基本のキである。


1980年に初版の「統計解析のはなし」は、そのどちらでもない、しかしながら突き抜けて魅力的な、統計の啓蒙書である。オトナになって統計に取り組もうとするとき、おそらく学生の勉強とは本質的に異なって、部下に作業を説明し指示するにせよ、何らかの判断に向けて要旨を供するにせよ、どうしてもコミュニケーションとセットになる。もちろん、黒板やスクリーンの前に立つ場合でも同様だ。現場に「使える道具」を持ち込もうとする駆け出し統計屋にとって、この大村平先生の話はきっと、目から鱗が落ちすぎて、床の掃除が必要なくらい楽しい。


統計解析のはなし―データに語らせるテクニック (Best selected Business Books)

統計解析のはなし―データに語らせるテクニック (Best selected Business Books)


高々300ページ程度の、字だって決して小さくない書籍は、しかしこの一冊で、推定、検定、抜取検査、分散分析、相関と回帰、多変量解析、数量化と、べらぼうに多岐に渡るトピックを串刺して解説する。個性的なのは、それぞれに、たった一つだけ例を与え、ゆっくりと、しかしふくよかに、その見方について話してくれる点だ。こんな組み立て方があったのか、こんな話し方があったのか、その道のプロフェッショナルでも、きっと得られるものは大きくて、あの変わったブログに騙されたと思って買ってよかったと、感じていただけるに違いない。


というか、いまここを読まれている皆さんに、本を買ってもらおうだとか、そんなことはもうどうでもいい。買わないでいいです。別に。声を大にして言おう。僕だって実は、このシリーズを最近になって知ったのだが、すっかり大村先生のファンになってしまった。大村先生の書く本が好きだ。ああ憧れの大村先生。


巻末の日科技連の宣伝を見れば、まだ「はなし」シリーズは山ほどある。この本が難しいと感じられる方には、前段となった「統計のはなし」も負けず劣らず魅力的だ。好きなミュージシャンの、まだ聴いたことのないアルバムを手に取ってレジに運ぶ興奮を、皆さんだって感じたことがあるに違いない。CDなんて買わないって?検索とクリックだって同じことさ。この一連の緑色のアルバムを、これから僕は時間をかけて、紙と鉛筆と一緒に、データと計算機と一緒に、じっくり楽しんでいこうと思う。