リスクの取引に現われる固有値問題
パズルの最後のピースに、指が掛かった気がする。学校の時に取り組んだ固有値問題の姿を装って、それが目の前に現れたことは、なんだか嬉しい。CAPMのような、APTのような、まだ全貌の見えていない、すこしぼんやりした話だが、継続的に取り組んでいきたい。今日は、その第一弾だ。取引可能なリスクにかかる共分散行列Σは、市場参加者の総意として与えられていると思う。その各要素を暗示するオプション取引の流動性は、現状では、ごく一部のリスクあるいはポートフォリオにかかるものに限られているが、遠い未来の話と捉えていただいてもよい。
Σw = λw
ここでwはポートフォリオのベクトル、λはスカラーだが、この形から、それぞれ共分散行列Σにかかる固有ベクトル、固有値を表現する。もちろん主成分分析をイメージいただいてもよい。もう一年ほど前の話だが、夜中に散歩しながら空を見上げると、方程式とその示唆するものが頭に浮かんできた。マーコヴィッツの問題を想起すれば、左辺は最適ポートフォリオとしてwを返すような、期待リターンのベクトル*1である。それがポートフォリオ自身に比例するものが、固有ベクトルを表現すると方程式は述べている。具体的に考えてみよう。
■ = ■ = ■ ■ = = ------------------ ------------------ ■ ■ = = ■ = ■ = ト ス マ ホ ト ス マ ホ ヨ ズ ツ ン ヨ ズ ツ ン タ キ ダ ダ タ キ ダ ダ
縦軸は、何らかの見方による評価(■)だが、同時に、これに比例してポジション(=)を取っている状況をイメージいただきたい。さほど違和感がないだろうと思うのは、何らかの見方が強いほど(あるいは弱いほど)、比例的に大きな(小さな)ポジションを取るのは普通のことだ。上図ではトヨタからホンダにかけて、その評価が直線的に並ぶ例を挙げたが、もちろんポジションと相似でさえあれば、その形状は何でもよい。おそらく銘柄の数に近い*2だろう固有ベクトルは、互いに独立な基底として、任意の銘柄を市場参加者が捉えるリスクに主軸変換する。例えばトヨタは、日本株で、自動車セクターで、大型で、どちらかといえばバリューで、北米で強い、といったようなリスクを備えているように思われるが、日本株を表現するポートフォリオ、自動車セクターを表現するポートフォリオ、大型/小型を表現するポートフォリオ、バリュー/グロースを表現するポートフォリオ、北米で強いを表現するポートフォリオが、おそらく存在して、それらの線形和によってトヨタが表現されるわけだ。
APTに毛が生えたようなものだとか、あるいは共分散行列を対角化しただけだと思われるかもしれない。何が嬉しいかといえば、基本方程式が、投資家の行動に則して理解され、それらがリスクの価格やマネジメント、あるいはダイナミックな市場の姿を捉える手掛かりになるように感じられるからだ。もともとの動機は、このあたり周辺をモヤモヤと考えていたのは、ある会社は、いつどんなふうに、他社との合併や新規事業の計画、あるいは分社化を考えるのか、といった問題について、CAPMの概念で串刺してみたかったからだ。均衡マネジメント報酬*3、そして均衡ビジネスユニット*4の概念が、より手元に近づいてきた。本番はこれからだ。ここのところ、ずっと興奮している。ブラックは、褒めてくれるだろうか。
ベータのスペクトル分解
こうして市場参加者が決める*1基底の眼鏡で世界を眺めるとき、僕らのベータはどんな様相を見せるのか、何よりも気になってしまう。n個の固有値 λ1,λ2,...,λn は、対応する固有ベクトルつまりリスクを表現するポートフォリオにかかる分散を表現し、それぞれの固有ベクトルに対する銘柄iのエクスポージャを i1,i2,...,in 市場ポートフォリオmのエクスポージャを m1,m2,...,mn とするとき、ベータは以下のように分解される。
βi = (i1m1λ1 + i2m2λ2 + ... + inmnλn) / σm2
シビれずにいられない。銘柄iの経営者は、いずれかのリスクのエクスポージャを投資家に負担させてビジネスに立ち向かうわけだが、自分の報酬から差し引かれるところの、要求されるプレミアムの大きさは、1)よりλの小さな、つまりマイナーなリスクを向くほど、2)よりmの小さな、つまり他の投資家が負担していないリスクを向くほど、小さくなると言うわけだ。これが神の設計した資本主義だ。
小口化された投資が日に日に扱いやすくなる昨今では、投資金額よりも、単位リスクあたりの世界で物事を考えたくなるかもしれない。既にベータは、内積にしか見えないわけだが、ここで単位リスクあたりのプレミアムは、与えられた銘柄iのベクトルと、市場ポートフォリオmのベクトルのなす角の余弦*2である。
とても嬉しい。ずっとこいつを探してきた。CAPMと同じように、本質的に実証は不可能だし、どんなふうに実際に使ってよいのかも、正直に言えばよくわからない。ただ、景色は劇的に変わった。それだけで今は十分だ。
*1:主に未来のオプション市場だ