さよなら資本金
シャープの件*1に触発されて書いているのだが、要するに資本金は過去の記録に過ぎず、(将来に渡る)フローを伴わない「増減」が商売に与える影響は、直接これを参照する税や規制にかかるものに限定される。
そもそも、その程度の存在に過ぎない資本金がバランスシート中で大きな顔をしていることに違和感を覚えるわけだが、他方で会計の教科書を覗けば、資本金から話が始まるものも少なくない。そりゃそうだ。商売は出資から始まる。よし、会社をつくってみよう。
現金 100円 | 資本金 100円 |
ところが投機屋から見れば、たった一日経つだけで、こんなバランスシートは意味の大半を失ってしまう。具体的には例えば、100円の出資で会社を設立した翌日に、経営者に素晴らしいアイデアが降りてきたとしよう。周囲の皆も、そのアイデアに興味を持った。昨日100円だった株価は、既に倍になった。
将来の利益 100円 | 時価 200円 |
現金 100円 |
過去の記録としての資本金を、現在の状態としての株価に置き換えれば、資産側に不足が生じることになる。この不足分は何か。もちろん昨日との差分としての、その素晴らしいアイデアがもたらすであろう将来の利益である。
逆に例えば、昨日まで気づいていなかったが、経営者がロクでもない奴だったことが翌日に判明したとしよう。周囲の皆は落胆した。昨日100円だった株価は、既に半分になってしまった。
現金 100円 | 将来の損失 50円 |
時価 50円 |
いささか奇妙な事態にも感じられるかもしれない。過去の記録としての資本金を、現在の状態としての株価に置き換えれば、負債側に不足が生じることになる。この不足分は、昨日との差分としての、ロクでもない奴が無駄にする未来である。残念なことだが上場企業の中にも、こうした事態を見かけることがある。
将来の利益や損失を具体的に分解していけば、当然のことながら、明日の売り上げや、来月末に支払われる給料、未来に起きるかもしれない事故まで含むことになる。予言しておこう。時価を表現しようとする会計基準の進化は、こうした未来にかかるアイテムの計上を要求することになるだろう。