多次元フィッシャー方程式

あなたと僕とでは、明日の消費は互いに異なって、またアイテム毎の物価見通しも異なる。あなたは鮨屋に立ち寄るかもしれないが、僕は蕎麦屋に向かうだろう。電子機器の価格動向についても、異なる見解を持っている。フィッシャー方程式を書き直そう。


実質金利i = 名目金利 - WiTVi


添字iは各個人で、Wiは各消費アイテムにかかる配分ベクトル、Viは各消費アイテムにかかる物価見通しベクトルである。例えば鮪と米を半々で消費するとき、物価見通しはそれぞれ五掛けして足し上げる、個人的インフレ期待と考えていただいて差し支えない。須く実質金利は、人によって異なるものだ。


あるいは借り手として、我々はワークライフバランスの反対側で、それぞれ異なる商売に取り組む。添え字iは各商売で、Wiは各在庫アイテムにかかる配分ベクトル、Viは各在庫アイテムにかかる物価見通しベクトルである。さっきと同じだ。もちろん在庫を持つことが商売ではないわけだが、説明が面倒なので適当に読み替えていただきたい。たとえ同じ僕でも、ライフ側とワーク側では、実質金利は一般に異なる点にも注意したい。


さてn人分をまとめて書こう。n個のWiを並べて行列Wとし、またn個のViを並べて行列Vとする。


実質金利 = 名目金利1 - WTV


ここで1は、すべての要素が1であるようなnxn行列である。もちろん実質金利もnxn行列となるわけだが、なぜn次元ベクトルでないのかと思われるかもしれない。n人それぞれに実質金利は異なるわけだが、例えば僕が見る僕の実質金利と、あなたが見る僕の実質金利すら異なるわけだ。あるいは僕が見るあなたの実質金利と、あなたが見るあなたの実質金利も異なる。というわけで、トーナメント対戦表のような形になっている。


とても大切なことだが、我々はこうしたnxn実質金利の見積もりをもって、明日のアクションを再び探る。明日の夕食はどうするのか。明日の転職はどうするのか。何を欲するのか、何をつくり出すのか。時間の使い方によって、時間の価値は変わるという、考えてみると至極当然の話でもある。こうして全体として我々は、ゆく川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらずなのである。


右辺第二項を消費者物価指数のような乱暴なスカラーで一括りにして、右辺第一項にアベノミクス第一のバズーカみたいなアクションが、影絵に合わせて踊る阿呆に見えてこないだろうか。美しい尻だと思っていた曲線は、実は坊主の禿頭だったみたいな話に、聞き覚えはないだろうか。「異次元」だとか嘯く連中が、見つめている次元は低い。俺達は障子の向こうで、その間に乱痴気騒ぎさ。