金融政策は限りなく消極的であれ

先週末に行われたFRB主催会議での白川総裁の講演から、金融危機後の積極的な金融政策の効果と限界について述べる部分を引用したい。


【講演】白川総裁「セントラル・バンキング ―危機前、危機の渦中、危機後―」(FRB) :日本銀行 Bank of Japan
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2012/ko120326a.htm/

第1は、バランスシート修復の重みである。


過剰債務を抱えた経済主体は、金融が緩和されても、債務を適正水準に戻すまでは、支出を増やしたり、リスクテイクを積極化させることはない。金融緩和は、バランスシート修復に伴う痛みの緩和剤でしかない。しかも、この緩和剤は長く服用すれば、過剰債務の削減インセンティブを低下させ、最終的に必要なバランスシート修復の達成時期の遅れというコストを伴う側面もある。


もちろん、低金利の効果はバランスシートの毀損していない経済主体にも及ぶ。そうした経済主体が現在の低金利を利用する形で、将来の需要を現在に繰り上げるならば、需要創出効果が期待できる。しかし、バランスシート調整が長期間にわたって続くと、低金利のもとでも、現在に繰り上げることのできる需要は次第に減ってくる。過剰債務の削減インセンティブの低下は、政府についても当てはまる。増加した政府債務の水準が持続可能でないとみられるようになると、欧州債務問題が示すように、物価安定と金融システム安定を脅かすことになる。

第2は、経済の供給サイドに与える影響である。


金融緩和によって誘発される需要が、異例の低金利下によってのみ採算が合う投資案件である場合には、資源配分が非効率になり、経済全体の生産性や潜在成長率への悪影響も無視できなくなる。


これまで、中央銀行は、潜在成長率を外生変数とみなして金融政策運営を行うことが標準的であったが、バランスシート調整という長期にわたるショックが加わる場合には、低金利の継続が経済全体の生産性に影響を与え潜在成長率を下押しするリスクについても考慮する必要があるかもしれない。

第3は、金融仲介機能への影響である。


金融緩和政策の効果は、通常は、企業や家計が低金利に刺激されて支出を増加させることによって実現する。しかし、中央銀行の行う金融政策と支出を行う企業や家計との間には、両者を繋ぐ銀行や金融市場が存在し、これらの仲介機関が適切に機能しなくなると、金融緩和の効果も期待できなくなる。


例えば、満期変換は、銀行の果たす重要な仲介機能の一つであり、同変換による利鞘収入は銀行の収益源である。銀行行動を通じる金融緩和効果の波及経路のひとつは、政策金利の低下による長短金利スプレッドの拡大、すなわち、利鞘の拡大による金融仲介意欲への刺激であるが、緩和度合いがある臨界点を超えると、逆に利鞘の低下をもたらし、金融仲介機能も弱まり得る。


その結果、資源配分の効率性も低下し長期的に経済の成長力を弱めることになる。同様の問題は、機関投資家にとっては、資産の運用利回りが長期負債の予定利率を下回る「逆鞘」という形で発生する。

第4は、金融緩和の国際的波及と自国経済へのフィードバック効果である。


自国経済がバランスシート調整下にある場合、金融緩和は自国の民間経済主体の支出増加を促すというより、グローバル投資家の利回り追求や為替レートの減価圧力を通じて効果を発揮する傾向が強まる。新興国市場がグローバル投資家の利回り追求の受け皿となる場合は、固定的な為替レート運営とも相俟って、新興国の景気拡大や国際商品市況の上昇につながりやすい。


商品市況の上昇がグローバルな金融緩和の影響を受けているにもかかわらず、各国の中央銀行が、国際商品市況の上昇を純粋に外生的なサプライショックとみなし、石油製品や食料品を除くコア・インフレを重視して政策運営すると、国際商品市況がますます不安定化する可能性もある。


これは、グローバルな視点で捉えると――仮想的な「世界中央銀行」を想定すると――、一般物価が安定するための「テイラー原則」が満たされない状況に他ならない。各国は金融政策運営にあたり自国の安定を目指すのは当然であるが、その自国の安定を考える際には、国際的波及と自国経済へのフィードバック効果を考慮に入れることも重要になっている。


凄い総裁だ。僕がつけ加えることなど、もちろんほとんどないが、あなたの立場では言えないことがあるとすれば、限りなく消極的な金融政策こそ、たったひとつしかない需要と供給が一致する金利を導く。