リスクと分業から見たベビーシッター協同組合

[twitter:@proppin72] [twitter:@ultraliberty] らと、「ベビーシッター協同組合」の例えについて話す機会があったのだが、あまりちゃんと読んでいなかったので、あらためて考えてみた。とりあえず、この98年のクルーグマンのコラムを参照しました。


Krugman: Baby-Sitting the Economy
http://www.slate.com/articles/business/the_dismal_science/1998/08/babysitting_the_economy.html
http://cruel.org/krugman/babysitj.html


この例え話が持ち出すのは、子守り券を使って、皆が互いのベビーシッターをしようという仕組みなのだが、乱暴に要約すれば

  1. 冬になると外出の機会が減るので、子守りをして券を貯めたい
  2. 皆が券を貯めようとして外出を減らし、不況に陥ってしまった
  3. だから子守り券を「発行しろ」

という主張だ。リスク視点の我々が反射的に想定する、子守り券の貸借を促せという指摘は、申し訳程度に出てくるのだが、どうにも「金利」はヘンテコな扱われ方をしている。結論から言えば、この例え話は、子守りを依頼する権利というコモディティのリスクと、証券の発行残高や流動性の問題を混同しているように、自分には思われた。


(季節によって価値が変動する)子守り券リスクの取引を促すことによって、多くの問題は解決するだろう。例えば子守り券「先物」取引のようなものを想定いただいても構わない。具体的には、冬の間には子守りをしたい夫婦が多く、夏の間には出掛けたい夫婦が多いのなら、冬の子守り券と夏の子守り券を交換できれば素敵だ。夏に一度だけ子守りをすれば、冬には二度、子守りの依頼ができるといった具合だ。もちろん、その交換比率は需要と供給で決まる。


別の言い方をすれば、この例え話はコモディティマネーの内包する問題、金本位制を捨て(低リスクを提供する)中央銀行の負債を媒介に用いた取引へと我々が辿った動機を、端的に表現している。要するにリスクは分離させ引き剥がした方が、マネーとしては便利だ。「不況」の解決策として、子守り券を「発行」することが、直接的に問題と向き合っていないことは自明だろう。そんなものを増やしたところで、子守りを担う夫婦の数が増えるわけでも、冬に外出したい夫婦が増えるわけでもないからだ。