「包括的な金融緩和政策」雑感

僕は、白川総裁に期待していたんだ。と、そう感じた。落胆したからだ。


「包括的な金融緩和政策」の実施について(13時38分公表) (PDF, 177KB)
http://www.boj.or.jp/type/release/adhoc10/k101005.pdf


考えてみると、しかし、白川さんだって普段から「金融政策」の重要性を強調していた。とはいえ現役で組織を率いる立場で、心の奥底で考えていることなど、口に出せるはずはないと、片思いの中学生みたいな調子で、僕は信じていた。つまり、きっと心の奥底では、こんなもの全部やめちまった方が素敵なんだと、彼も僕と同じように、そう考えているのじゃないかと、期待していた。でも、違ったみたいだ。違っていなかったのだとすれば、彼は腑抜けだ。アクティブな金融政策なんて、ひとつもロクなことがないと考えている僕が、今日発表された3つの措置について、自分の言葉で、徒然に書いてみたい。

金利誘導目標の変更

無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0〜0.1%程度で推移するよう促す(注2)(公表後直ちに実施)。


(注2) 補完当座預金制度の適用利率、固定金利方式・共通担保資金供給オペレーションの貸付利率および成長基盤強化を支援するための資金供給の貸付利率は、引き続き、0.1%である。


どうでもいい。「ゼロ金利」という単語を、見出しに躍らせるための措置なのだろうが、こんなもので、僕の借りる金利が下がったりしない。その報道を見て、楽観的になれる経営者が存在するとは思えないが、万一そんな奴が居たとしても、僕は彼に悲観的だ。

「中長期的な物価安定の理解」に基づく時間軸の明確化

日本銀行は、「中長期的な物価安定の理解」(注3)に基づき、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続していく。ただし、金融面での不均衡の蓄積を含めたリスク要因を点検し、問題が生じていないことを条件とする。


(注3) 「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度を中心と考えている。」


不愉快だ。いまこの瞬間に、需要と供給が折り合う短期金利の水準を、日銀の現場が感じつつ、「金融政策」に向き合うことには、敬意を払う。しかし、明日の需給については、誰も知らないはずだ。この宣言は、明日の短期金利だけでなく、その水準が今日の段階では判明しないリスクにつくプレミアムすら、強制的に押し潰そうとする。こんなものは、神と預金者に対する冒涜だ。

資産買入等の基金の創設

国債、CP、社債、指数連動型上場投資信託ETF)、不動産投資信託J−REIT)など多様な金融資産の買入れと固定金利方式・共通担保資金供給オペレーションを行うため、臨時の措置として、バランスシート上に基金を創設することを検討する(注4)(別添2)。このため、議長は、執行部に対し、資産買入等の基金の創設について具体的な検討を行い、改めて金融政策決定会合に報告するよう指示した。


(注4) 須田委員は、本文中、資産買入等の基金の創設を検討するに際し、買入対象資産として、国債を検討対象とすることについて、反対した。


最悪だ。ここで彼らは、リスクプレミアムを押しつぶす意図を、明確に表明している。要するに、株を買い上げると言っている。もちろんこれまでも、日銀が株を買うようなアクションは存在した。が、そこには少なくとも、恥じらいがあったように思う。今回は、開き直っているようにしか読めない。あらゆる金融取引の価格は、2つのコンポーネントから成る。時間の価格としての無リスクの金利と、リスクの価格としてのプレミアムだ。「金融政策」は一般に、前者に対する介入を行うものだが、後者に対して介入すると、高らかに宣言しているのだ。


上等じゃないか。市場参加者の多くは、自分自身の金か、または目的を明示しつつ他人に預かった金で、本気で戦っている。それをこんな紙切れ一枚で、金を出している預金者と明確な合意もないまま、勝ち目があると能天気に立ち入ってくるというのなら、どこまでもカモってやる。俺達の土俵だ。そのリスクプレミアムが、高過ぎるのか、また安過ぎるのか、知っているのは、自らリスクを取引する者だけだ。「金融面での不均衡の蓄積」が見えると信じる思い上がりは、裁定機会を提供することになる。


日銀には、余裕があるのだろう。風で飛んでいった札や、土に埋もれてしまった札について、その権利を要求されることはない。旧札の残高も相当なサイズらしいが、その金で株を買ったとしても、確かに日銀の信用はビクともしないだろう。しかし、だとすれば、その分は国庫に返納するのが筋じゃないのか?それで国債の発行を減らすなり、減税に向けるなりするのが、我々の進むべき道じゃないのか?


事件があったのは、世界が異様に萎縮していたのは、もう2年も前の話だ。皆が元気で、好景気とは感じられないが、誰もが日々努力して、生活は向上を続けているように思う。牛鍋丼だって悪くない。なぜ今、こんな措置なんだろう。活動を促すような、気持ちいい秋の日なのに、気持ちの悪さでいっぱいになった。つらい一日だった。アクティブな金融政策が放棄される日まで、時々でも、こうして書き続けたいとも思った。