政府のバランスシートが抱える金利リスク
さて政府のバランスシートは、時々刻々と変化し続けているわけだが、何らかの環境要因が変化するとき、それに応じて全体の姿がどのように変わるのか、だとすれば事前にどんな行動をとっておくべきかについて検討してみることを、格好つけてALMと呼ぶ。やってみようじゃないか。例えば典型的には、長期金利の水準が変化するとき、政府のバランスシートは、一体どのような影響を受けるだろうか。どんなアクションが、それに対して防衛的だろうか。
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わかりやすいアイテムからいこう。既に発行済の国債は、長期金利が上昇するとき、その実質的な大きさは縮むと考えてよい。あらかじめ返す金額は決まっているのだから、住宅ローンのケースと同じで、その負担は今よりも楽になるはずだ。ところが人生のバランスシートとは違って、困った事情が出てきてしまう。住宅ローンは大抵一度しか組まないが、しかし国債は、絶えず償還と発行を繰り返しているのだ。つまり長期金利が上昇して以降は、国債を発行して資金を投じる事業には、より大きな成果が要求されることになる。同じ期待[成果]に対しては、小さな金額しか調達できない。簡単に言えば苦しくなる。
年金資産と年金負債は、事情が混乱している。もちろん年金資産として保有する債券は、負債側で発行する国債と同様にサイズを縮める。他方で年金負債の方に目を向ければ、理屈から言えば、将来の年金支払額が変わらないと思うとき、やはりサイズは縮む方向なのだが、しかしその評価方法について、残念ながら現在までのところコンセンサスは形成されていない。このあたりが、人によって言うことが異なり*1、あちこちで議論の混乱を招いている根本的な原因のひとつだ。
ちなみに固定資産は、もともと評価がハチャメチャで、何がいくらあるのかサッパリわからない。なので今日のところは、まったくもってお手上げです。財務省の方、踏み込んだ情報公開をよろしくお願いします。
さて、問題は将来の税収だ。ぶっちゃけ国政について考えるべきことの大部分は、ここなんじゃないかと思うのだが、だって税収と我々の活発な経済活動とは、因果があって相関があるもの。長期金利の上昇は、このアイテムにどんな影響を与えるのか。
「よい金利上昇」と「悪い金利上昇」とは、実にわかりやすく表現したものだと思う。我々が未来に向かって新しい価値を生み出し、時間の値段が上昇していく期待のもとに起きる前者は、資金とリスクの需要と供給を的確に交通整理し、もちろん同時に将来の税収への期待を膨らませるだろう。一方で、財政リスクに懸念が生まれることで長期金利が上昇すれば、日本で活動する誰もにとって*2新たな資金調達は苦しくなり、当然のことながら結果として、将来の税収は縮んでしまうと考えざるを得ない。
もちろん財務省は、このことを理解している。だから彼らは今のうちにとばかり、国債のデュレーションを延ばしている。直接的には、やはり長い負債を持つ、例えば保険会社が長い国債を買いまくっている*3事情はあるのだが、そのことは政府のバランスシートの全体として、結果的に「悪い金利上昇」へのヘッジ行動になっているのだ。
注意すべきパラメータは、長期金利だけではない。欧州の債務、新興国の熱狂、金融市場の発達、地政学的リスク、様々な要因を頭の中で揺り動かしながら、政府のバランスシート全体の変化を思い描いてみること。これが本物のALMだ。その意味で、借金すらしたことがない経済学者や、常にスポンサーに喜ばれる必要のあるエコノミスト、政治家の連中が語る日本とあなたの未来や夢は、僕には不十分に感じられる。「将来世代への遺産」の大きさは、常に様々に揺れ動く。