人生のバランスシートが抱える金利リスク

さて人生のバランスシートは、時々刻々と変化し続けているわけだが、何らかの環境要因が変化するとき、それに応じて全体の姿がどのように変わるのか、だとすれば事前にどんな行動をとっておくべきかについて検討してみることを、格好つけてALMと呼ぶ。やってみようじゃないか。例えば典型的には、長期金利の水準が変化するとき、僕らの人生のバランスシートは、一体どのような影響を受けるだろうか。どんなアクションが、それに対して防衛的だろうか。


引退までの給与収入

年金

自宅

現預金

リスク資産
引退までの生活費

引退後の暮らし

住宅ローン

好きなことにつかうお金
家族への遺産


わかりやすいアイテムからいこう。35年固定金利の住宅ローンは、長期金利が上昇するとき、その実質的な大きさは縮むと考えてよい。もちろん、銀行から送られてくる返済予定表に変化はないが、とはいえ将来支払う金額が変わらないまま金利が上昇するとき、返済の負担は今よりも楽になるはずだ。


一方で、一概には言えないケースもあるものの、反対側にある自宅の価値も目減りしていると考えるのがフェアだろう。やや乱暴な想定だが、転勤に伴って誰かに家を貸し出すとき、そのことによる家賃収入の金額が変わらないとすれば、評価の構造そのものは住宅ローンのそれと変わらないからだ。


将来の家賃以上に、さっぱりわからないのが、将来の給与収入や生活費だ。財政リスクの高まりによる「悪い金利上昇」が、勤務する会社の資金調達に悪影響を及ぼすとき、ボーナスが減ってしまう可能性だって否定できない。もちろん生活費は、その収入の関数になっている、つまり給料が減った分だけ慎ましい生活をすると考えるのが一般的だろうが、しかし「日銀が国債を買え」と、そのとき不勉強かつ無責任な政治家が叫べば、紙幣が信頼を失い実質的な生活費を押し上げる場合もあるだろう。


我々にとって、ほぼ唯一コントローラブルなアイテムは、保有するリスク資産である。長期金利の上昇が、人生のバランスシートに致命的な影響を与えるリスクがあると思うのなら、事前に逆の動きをするリスク資産*1へ投資しておくことで、その脅威を(部分的に)相殺することが可能だ。もちろん、逆に金融機関の国債買い圧力によって一層の金利低下が起きるリスクについても、人生のバランスシート全体の文脈で想定しておく必要があることは、言うまでもない。


我々が注意すべきパラメータは、長期金利だけではない。欧州の債務、新興国の熱狂、金融市場の発達、地政学的リスク、様々な要因を頭の中で揺り動かしながら、人生のバランスシート全体の変化を思い描いてみること。これが本物のALMだ。その意味で、生保のおばちゃんが持ってくるライフサイクルシートや、FPのスーツが持ってくるプレゼンテーション資料、運用会社の偉い連中が語る日本とあなたの未来や夢は、僕には不十分に感じられる。「家族への遺産」の大きさは、常に様々に揺れ動く。

*1:例えば国債先物のショート