誰でもできるクオンツ運用

表題のような投資の枠組みに関するご質問を、たまたま最近いただくチャンスがあったので、なるべく簡単に表現しようと考えてみた。今回用意が必要なのは、現在投資している、または新たに投資を検討している対象にかかるデータと感覚と、それから計算を支援してくれるツール。あまり難しいことはしないので、道具はエクセル*1でもOctave*2でもR*3でも何でも、要するに手元にあるものでよい。

1.共分散行列をつくる

さて、なんだかいきなりハードルが高そうだが、実際にやってみると別に大したことないので、ご心配なく。共分散て何じゃ?という方は、手元のツールのマニュアルの斜め読みを。どうして行列なのかといえば、2つの確率変数にかかる統計量だからで、つまりリーグ戦の対戦表と同じ。

共分散
国内債0.16%0.08%0.06%0.06%
国内株0.08%4.00%0.07%1.28%
国債0.06%0.07%0.12%0.06%
外国株0.06%1.28%0.06%2.56%

1-1.データからつくる

各投資の対象にかかる過去のリターンから、共分散を実際に計算してみよう。対象の数が多いとき、ひとつひとつ要素を個別に計算するのは面倒なので、自分の使っているツールのマニュアルを引いて、ドカンと一気につくってしまうのが吉。面倒そうな指定があっても、この文脈で細かいことを気にする必要はないので、とりあえずデフォルトで試そう。たったひとつ注意すべきなのは、元のデータの時刻を揃えておくこと。昨日のトヨタのリターンと今日の日産のリターンの共分散を計算してはいけない。

1-2.パクる

ここで例示しているような、典型的な投資対象のみを考えるとき、自分で共分散行列をつくらなくても、本職の誰かが以前にやった作業が、あちこちに転がっている。ググってみて、単にそれをパクるのでも十分。やや乱暴に言ってしまえば、この文脈では、いつ誰がつくってもさほど結果が変わらないのが、この共分散行列の素敵さである。複数のそれを見比べてみるというのも、興味深いはずだ。

1-3.鉛筆を舐める

こんな作業を繰り返しているうちに、なんとなく数字の感覚がついてくるようになる。共分散は、標準偏差相関係数で構成されるが、それぞれ「こんなもんかな」と、鉛筆を舐めて作成してしまってもよい。例示は、そのようにしてつくったものだ。もちろん最良なのは、データとパクりと鉛筆舐めのコンボ攻撃である。過去のデータを眺めるのは、いつでも素敵で楽しいアクションだが、それだけで未来を決めようだなんて、バックミラーだけを見て運転するようなものだ。常に互いを批判的に検討することによって、我々は進歩する。

2.配分と見通しを書く

さて、とりあえず現在の資産配分と、それから「このくらい儲かるといいな」という見通しのようなものを、それぞれ並べて書いてみよう。単位は何でもよい。ここではとりあえず、相対感だけを問題にしたいからだ。

共分散配分見通し
国内債0.16%0.08%0.06%0.06%20%0.4%
国内株0.08%4.00%0.07%1.28%20%6.4%
国債0.06%0.07%0.12%0.06%20%0.3%
外国株0.06%1.28%0.06%2.56%20%4.3%

3.指標をつくって売買する

いよいよ指標づくりである。ひとつ目は、共分散行列と配分ベクトルの積をとる。結果のベクトルが指標(1)だ。これに関して、ここでは意味はあまり考えなくてよい。で、次が大事。各投資の対象にかかる見通しを、それぞれ指標(1)で割ったものを、指標(2)としよう。ここまでで、ほぼ目的は達成している。簡単でしょ?

共分散配分見通し指標(1)指標(2)
国内債0.16%0.08%0.06%0.06%20%0.4%0.1%5.3
国内株0.08%4.00%0.07%1.28%20%6.4%1.1%5.9
国債0.06%0.07%0.12%0.06%20%0.3%0.1%5.3
外国株0.06%1.28%0.06%2.56%20%4.3%0.8%5.4


指標2は、大雑把にいえば、「(共分散行列で表現される)リスクと(あなたの)見通しの割には、もうちょっと持っててもよいんじゃないですか?」度合いを表現している。例示で言えば、国内株の数値が最も大きくなっているが、つまり何かを買い増すならコレだよねってことだ。もちろん逆に、何かを売って現金をつくるなら、数値の小さいものを選ぶのが素敵だ。


見通しなんてのは、そもそも誰もがあやふやだと思うのだが、だからこそ、結果を見てからでもよい、ちょこちょこと数字を変えてみよう。それによって変わる指標を眺めてみて、どのように感じられるだろうか?そうして取引と見直しを繰り返す中で、何か発見があったろうか?

「最適なポートフォリオ」とは

すべての投資対象について、指標(2)の数値が一致したとき、配分を変更することによって、リスクと見通しのバランスの意味での効率を、それ以上改善させることはできない。組み合わせは既に「最適」なので、買い増してリスクをとるにしても、売って現金をつくるにしても、そのままの比率で比例的に行うのがよい、ということになる。

共分散配分見通し指標(1)指標(2)
国内債0.16%0.08%0.06%0.06%20%0.4%0.1%5.0
国内株0.08%4.00%0.07%1.28%25%6.4%1.3%5.0
国債0.06%0.07%0.12%0.06%20%0.3%0.1%5.0
外国株0.06%1.28%0.06%2.56%20%4.3%0.9%5.0


ここまでお付き合いいただいて、既に感じられていると思うのだが、この枠組みは、とるべきリスクの量の全体だとか、買うべき金額の全体だとか、そういったことに関して何も言及しない。というか、そこは意図的に最初から諦めて、相対感に徹している。なぜなら、「どれだけリスクをとるべきか」という問いは、あまりにも難しいからだ。


多くの市場参加者は、金融危機を予期できなかった。全体は常にチキンレースで、誰が勇気を出し過ぎてるのか、誰がチキン過ぎるのか、誰にもわからないのが世の常だ。要するに運用の手法なんてものは、いつでも微力なのだが、小さくても力は力だ。ほんのすこしだけポートフォリオを改善させる工夫を、怠る理由にはならない。小さな努力も、必ずそれなりの実を結ぶものだ。