ある「はず」だった需要

池田信夫氏が、なんだか小難しく「GDPギャップを過信するな」と警告しているが、もっとシンプルかつ馬鹿馬鹿しい話だと思う。


GDPギャップ」の過信は危険だ - 池田信夫
http://agora-web.jp/archives/557200.html


GDPギャップだとか潜在GDPだとか、そういうものに暗に仮定されているのは、要するに「あるはずだった需要」だ。需要と供給が一致したとき、それが生産かつ消費なわけだが、一致しなかった「余った供給」について、もうちょっと売れてもよかったんじゃね?という、こう書いただけで既に嘘臭い話じゃないか。


考えてみよう、僕らがそれを要らないのは、それが要らないからだ。馬鹿みたいな話だが、否定のしようがない。ほしくないものは要らないのだ。で、皆が要らないってんだと、つくってるひとが困っちゃうから、代わりに政府が買えと、そういう乱暴な話が今回の補正予算の考え方になっているわけだ。


商売をちょっとでもしたことのある人間なら誰でも知っていることだが、本物の成功への唯一の道は、皆が何をほしいと思っているのか真剣に考えて、工夫してそれをつくり出すことだ。イノベーションや産業構造の転換というのは、そうした試行錯誤によってのみ起こすことができる。そのことだけが、本物の経済成長を生み出す。


どうでもいいようなものでも、とりあえず適当につくってしまえば政府が買ってくれて、その代金は税金で賄われる社会になんて、少なくとも僕は住みたくない。