価格の「正しさ」

弟九十九回 市場の効率性と伝統ファイナンス・行動ファイナンス - 山崎元のホンネの投資教室
http://plaza.rakuten.co.jp/isyamazaki/diary/200904030000/

実は、アクティブ運用が上手く行かないことに関しては、正しい価格の発見能力に関して、市場の参加者は五十歩百歩であって大差がないからだと考えると、現実がすっきり理解できる。


「正しい価格」なんてものは、はじめから存在していないのであって、市場参加者の総意として価格が決まっていることを、効率的と呼ぶわけです。そのとき、自分だけ他の市場参加者を「出し抜く」ことはできないわけで、その意味でマルキール氏の物言いは、まったく妥当です。


問題は、「市場参加者の総意」はどのように決まるのか、または動くのか、ということで、そこが皆ばらんばらんだったり、また心理的要因が入り込む余地は大いにあります。「好み」みたいなものが、ひとによって違うのは当然で、同じひとでも時刻によって違う。「嫌い加減」が違えば、そのリスクにかかるプレミアムは当然変わってくる。それは、よりマクロなレベルでも起きます。


実際には、10年間勝ち続けるアクティブ運用は少なからず存在するわけで、シンプルな例を挙げれば、長きに渡って市場参加者が嫌い続けるリスクを負担することで、そこにプレミアムを期待することはできます。例えばボロ株。


それはともかく、「おとうと」九十九回になってませんか?