無利子国債が誘発する資産家の危険

フランスで発行されたピネー国債なる前例の話を見かけたのだが、大変に勉強になった上に、なんとなく感じていた危険について、より具体的に危惧するようになった。


ピネー国債 - himaginaryの日記
http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20090215/pinay_bond


相続税を減免する無利子国債は、全国のおじいちゃんおばあちゃんを火曜サスペンスばりの危険に晒すことになるだろう。絶対にやめてほしい。理屈は以下のとおりだ。


まずはその無利子国債が取引される値段を考えてみよう。


相続財産のうち、保有している無利子国債の額面分については、相続税がゼロになるような仕様だと仮定*1する。現金で1億円持っている相続財産は、そのままなら3000万円の相続税がかかるところを、この国債を額面1億円分買う*2ことによって、相続税がゼロになるというわけである。


では額面1億円分のこの国債に対して、資産家はいくらまでなら出してよいと思うだろうか。このケースでは1億円の額面に対して、取引価格が1億3000万円を少しでも下回れば、そのまま償還まで持っていたとしてもトク*3することになる。


例えば1億2950万円で国債を買えたとすれば、相続後には結局、

1億2950万円(購入額) - 1億円(償還額) = 2950万円

を支払ったことになるわけだが、これは何の対策もせずに3000万円の相続税を払うよりも50万円トクである。


とはいえ実は、相続後に、この債券をわざわざ償還まで持っている必要はない。なぜなら、同じように1億2950万円で買いたいと思うであろう別の資産家が、市中にいるはずだからだ。だとすれば、もし買った金額と同じ金額で譲渡できたとき、相続を受けた者にとって免税された3000万円は丸儲けになる。


反射的に「おかしい」と思うかもしれない。僕だってそう思う。要するにおそらく、この債券の市中での取引価格は、こんなものじゃなく、もっとずっとずっと高くなってよいのだろう。価格の発散をバランスさせる要素は、ここでは再売却リスクくらいしか思いつかない。


さらに気になるのが、その価格の時間的変化である。半年後に償還を迎えるこの債券は、一体いくらで買えばよいのだろうか?


相続税の減免を目的とした投資なら、資産家は近々自分が死ぬことを予期していることになると思うのだが、予想外に長生きした場合には、この債券への投資の意味が変わってしまうリスクがある。つまり半年以上も長生きしたことによって、その間に1億2950万円で買った無利子国債が償還してしまえば、手元には1億円しか戻って来ず、かつ相続税は減免されないのだ。このとき2950万円は丸損である。


そう、非常にバカみたいに大きいはずの無利子国債の取引価格は、償還が近づくにつれ急速に収縮し、その額面へ向かって近づかざるを得ないだろう。意図せず長生きする投資家には、そのリスクが目前に迫ってくることになる。


僕の言いたいことを、そろそろ皆さん推察されるだろうか。このいやーな雰囲気を、感じとられるだろうか。急速に価格が下落する「相続税の免罪符」を保有している資産家と子供にとって、このリスクを回避する方法がたったひとつだけ存在するのだ。


これ以上は言うまい。それが理屈の話でも、気分はよくない。
こんなものを発行してはいけない。

*1:この仮定を緩めても結論は大差ない

*2:場合によっては借金が必要になるだろうが

*3:面倒なので金利や手間は省いたが結論は大差ない