誰が何をコントロールできるのか - 雨宮理事講演雑感

久しぶりに日銀にコメントしようと、そういう気にさせてくれた講演だが、ただ灰色で重い。


【講演】雨宮理事「イールドカーブ・コントロールの歴史と理論」(金融市場パネル40回記念コンファレンス)
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2017/ko170111a.htm/


まず当ブログの基本的な考え方を再掲しておきたい。

  1. 取引されているリスク証券の流動性に比して、大きな金額を売買すれば価格を動かす
  2. 価格を動かすような取引は、そうでない場合と比べて、その本人にとって損である
  3. 誰であれ、損を永続することはできない


似たようなコンセプトは、よく注意して歴史を紐解けば、チラホラ確認することができる。今ほど市場が発達していない中で、あるいは情報を取り扱うコストが高い中で、そうした慧眼を見つけるたび、会いに行ってビールを一杯奢りたい*1気持ちになる。講演の中で(非常に簡潔に)指摘されるように、第二次世界大戦前のFRBは、ケインズの煽りにもかかわらず長期債への介入を拒否したわけだ。

このような状況が一変したのが1941年の第2次世界大戦への参戦です。国債市場では、財政赤字の拡大とインフレ亢進に対する懸念が高まり、長期金利は上昇圧力を強めました。財務省FRBは、国債市場を安定化させ、戦費調達コストを低位に保つために、長短金利に上限を設定する枠組みを設けました。すなわち、長期金利については、財務省が2.5%の金利上限で国債を発行し、FRB国債買入れなど市場操作によりこの長期金利上限を維持することとなりました。また、短期金利については、FRBは3か月物TBを0.375%の指値で買い入れることとしました。こうした政策のもとで、FRBによる国債保有は急激に増加しましたが、金利上限に対する信認は、戦時中を通じて崩れませんでした。


大戦の終結後、物価統制令の解除とともに消費者物価上昇率が+20%近くまで高騰するようになると、さすがに戦時のイールドカーブは維持できませんでした。3か月物TBの買入れ金利は1948年にかけて引き上げられていき、短期金利に関する上限は事実上撤廃されました。他方で、長期金利に関する上限は、東西冷戦のもとで1950年代に入ってからも維持されることとなりました。当時、トルーマン大統領はマッケイブFRB議長に対して、国債価格が暴落することは「スターリンが望んでいることにほかならない」という手紙を書いていたほどです。


非常にシンプルだ。財政が疑われ、国債が売られ始めたので、FRBが買いまくった。すると今度はFRBが苦しく*2なって、つまりドルが疑われると、物価が上昇した。

まず、中央銀行がオペレーションにより長期金利を抑制することは、よほどのインフレが起きない限り可能であったということは言えます。


まさにそういうことだ。苦しくなるまでは元気だった。ほとんど同語反復先輩、お疲れ様です。

ただし、急いで付け加えておきたいのは、これらは国債管理のために金融を抑圧する政策であり、物価安定を達成するために能動的に長短金利を操作する私どもの「イールドカーブ・コントロール」とは異なるものであるということです。中央銀行が大量に長期国債を買入れた結果、長期金利は、名目成長率よりも低い水準で推移し、いわゆるドーマーの条件が成り立つこととなりました。この点は、債務残高の発散を防ぐ方向に作用したと言えましょう。しかしその一方で、金融政策は、国債買入れという国債管理政策に制約され、十分な役割を発揮できませんでした。国や局面によって程度の違いはありますが、インフレが許容されやすい状況が続くことになってしまったのです。


金利が物価上昇に追いつかない分だけ、預金者が広義の(選挙を通過しない)税金を払ったという話だ。つまらん修飾を捨てよう。つまりこのとき中央銀行は、自らの発行する通貨を守ることができなかった。もちろん人類は馬鹿じゃない、FRBの反撃が始まる。

さらにFRBは、1953年には、金融政策の目標が物価安定であることを明確に標榜するとともに、市場操作対象をTBに限定するビルズ・オンリー政策を採用しました。ただし、このビルズ・オンリー政策は、現代の短期金利操作とは異なるもので、長短金利ともに、金利体系の決定は市場に委ねることが望ましいとの考え方に基づいています。すなわち、公開市場操作の対象証券を市場における残高が巨額でかつ取引高の多いTBに限定することによって、金利体系に対するオペレーションの直接的な影響を抑えつつ、もっぱら商業銀行の準備量の増減に影響を与えようとしたのです。


とはいえ準備預金も貸借であって、必然的に短期金利に影響を与えてしまう。

マネタリー・ターゲティングのもとでは、金利形成は市場に委ねられることとなります。マネーをコントロールしようとして短期金利が大幅に変動する中で、長期金利ボラティリティも高まりました。


「マネーをコントロール」しようとして金利に影響を与えちゃってるわけで、それ市場に委ねられてないだろと。そもそも、なぜ準備預金なのか。

ところでマネタリー・ターゲティングの考え方をとる場合、マネーストックと実質GDPや金融政策の最終目標である物価などとの関係が安定的、あるいは予測可能であることが前提条件となります。ところが、1980年代に入ると、金融自由化や金融分野での技術革新の進展に伴って、この関係が不安定化し始めました。


金融市場が発達するほど、Aを変えたいのにAじゃなくてBに働きかける、みたいなことは意味を失う。で、また金利に戻るわけだ。

この間、非伝統的金融政策とは何かということが、学界や中央銀行など政策担当者の間でも盛んに議論されてきましたが、必ずしもコンセンサスが形成されているとは言えません。ただ金融政策の操作目標とその波及ルートという観点から簡単化すれば、「短期金利の下げ余地がなくなった段階で、金融政策が働きかける対象を、他の金融変数、つまりより長めの金利や資産のプレミアムに広げた方法である」と整理できます。


1)無リスクの金利と、2)リスク負担の見返り、トレイナーの枠組みが鳴り響く。

それでは現代の高度に発達した金融市場において、中央銀行は実際に長期金利を操作できるのでしょうか。この点は約半世紀前のオペレーション・ツイスト論争においても議論となったところです。最近の実証分析によれば、中央銀行による長期国債買入れは長期金利を有意に押し下げるとの見方が支配的になっています。


帰ってきたぜ。誰でも、何でも、操作できるよ。明日のことさえ考えなければ。

まず、長期金利操作については、それが「出来るか出来ないか」というフィージビリティの議論と、「すべきかすべきでないか」という規範的な議論とを分ける必要があります。


だからここは、分ける意味が希薄なんだ。自分のカネでやれって話さ。宇宙の法則のひとつだ。

実際、欧米の学者の中には、中央銀行はバランスシートの拡大により新しい金融政策手段を獲得したので、無理に元に戻す、つまり正常化する必要はないと主張する向きも現れています。いずれ、中央銀行はかつてのような伝統的金融政策の世界に戻るのか、あるいはこの間の金融政策運営から得られた知見を踏まえて、新たな世界に移行するのかどうか、今後の検討に委ねられている大事な検討課題です。


そいつ連れてきなよ、俺がぶっ飛ばしてやる。

第三に、より当面の課題として、イールドカーブをコントロールする前提として、望ましいイールドカーブの姿をどう判断するかという問題があります。


望ましいイールドカーブなんてのは、存在しないよ。望ましい冬の寒さみたいなものが、存在しないのと同じことだ。ただ向き合うだけ。

それだけに、この政策については、財政ファイナンスあるいはマネタイゼーションではないかとか、財政運営との関係上、将来の出口が難しくなるのではないかといった懸念や批判が多く聞かれることは事実です。日本銀行としては、こうした声があることも念頭において、金融政策運営の狙いや考え方を従来以上に丁寧に発信し、市場や国民の理解を得ていく必要があると考えています。


どんなに丁寧に発信されても、俺のカネを安全以外に向けることを任せたりしない。

また、おりしも、グローバルな金融資本市場がポジティブな方向に変化してきたこともあって、マイナス金利を含むイールドカーブ・コントロールは大きな効果を発揮し始めています。しかし、この政策は、本日述べたように、これまでの金融政策運営から得られる知見を引き継いでいる面がある一方で、ここまで明示的に長短金利全体をコントロールしようとしている点では、内外に前例のない革新的な方法でもあります。理論、実践の両面で、検討を深めていくべき課題は少なくありません。


勝手に実験して、一見成功すれば手柄、失敗すれば前例のない革新だから仕方ない。逃げるなよ。中央銀行の独立性は、円の利用者のためにある。逃げられないさ。