中銀「調達難」理論

equilibrista2014-09-06

ECBが利下げ*1した。またリスクのある債券を買う*2という。なかなかパンチのある決定でシビれたが、その後の報道を眺めると、各所で咀嚼できずに混乱している様子もある。まず簡単に解説し、また今後に起き得る状態と理屈について、整理してみたい。


今回の決定で、ECBが貸す金利は0.05%、預かる金利は-0.2%とし、結果的に数年先までの様々な金利を同時に押し下げた。ECBに預ける側の市中の銀行にとっては、貸してるのに更に「利息」を支払う破目に陥ったわけで、だったら「代わりに買う」ところの諸国債についても、その価格を上昇させ、一部では金利をマイナスの領域に突入させた。


蛇足だが、この状況を見てなお「量的緩和国債を買え」と言っている学者や評論家は、馬鹿と断定してよい。大量に国債を買わせる目的は、その価格を吊り上げる*3ことだが、既に状況は達成されている。「量」を増やしていないのに「金融緩和」されているわけだ。ふふふ。


さて、そして民間の発行する債券を買うという。さほど規模は大きくないが、かといって小さくもない。ECBのサイズで言えば2012年の水準が目安のようだが、事情に詳しい一部の関係者が気を揉むのは、そうした債券購入プログラムと、「マイナス金利」とが両立するのかという相性の問題だ。どういうことか。お金のことを考えるとき必然的に想起される「常識」は一旦横に置いて、中央銀行の貸借について形式的に考えてみよう。今よりも債券を買うために、自らのサイズ拡大を試みようとすれば、市中の銀行から「調達する」形になる。が、そこに支払う金利はマイナスを宣言してしまい、魅力を失っている。そのように矛盾したプログラムが実行可能なのか、という不安である。


"Yes and No"というのが、当ブログの見解だ。


もちろん関係者の心配は的を射ている。債券購入のプログラムが進み、そのサイズが膨れるほど、ECBは資金調達に苦しむことになるだろう。市中の銀行には「阿吽の呼吸」を強いるわけだ。とはいえ、そんなことを会見の場で説明したりせずとも、どうせ誰もわからないのだから、金融政策としては言ったもん勝ちである。行き詰まれば、そこから対応を考え始めればよい。商売する連中に「資金が緩くなった」と、まず感じさせることが第一の目的だからだ。


他方で同時に、そうしたドラギの意図する効果を達成するために、上記のような不安は少なくとも理屈の上では、強い制約になるものではないとも思う。「カネが借りられないのに、リスク資産を元気よく買って、価格を吊り上げることは可能だろうか?」という問いだ。金融市場が発達するほど、残高とリスクは分離され、互いに無関係に近づく。何を言っているのかわからないと思われるかもしれないが、具体的にいこう。債券市場や株式市場を吊り上げるために、つまり必ずしも現金は必要ではない。例えば、先物を大量に買えばよいのだ。


「マイナス金利」を標榜したせいで、ABSを買うための現金を集められないのだとすれば、にもかかわらずABSのリスクに要求されるプレミアムを押し下げたいのなら、差金決済の取引を用いて、リスクだけ負担してやればよい。全力二階建。言ったろ?「量」なんて無意味さ。ドラギのチャレンジは結果的に、神の設計した世界の片鱗を覗かせてくれる。もちろん残念ながら、しかし政策は失敗に終わる*4だろう。何度だって繰り返すが、「借りやすくなった」からといって買うようなモノは、僕らを豊かにしない。

*1:https://www.ecb.europa.eu/press/pr/date/2014/html/pr140904.en.html

*2:https://www.ecb.europa.eu/press/pressconf/2014/html/is140904.en.html

*3:「リスクプレミアムの縮小を促す」と白川前総裁は言った

*4:時間と空間で積分しよう