増益を伴わない株高

現在がそうなってるとか、米国がそうなってるとか、そういう話ではなく、金融政策や景気対策の議論の中で扱われる株式や不動産の価格に、しばしばリスクプレミアムの概念が希薄な場合が見られること(に対する懸念)が、今日の記事の動機である。日銀がETFを買えば株式は上昇する、REITを買えば不動産は上昇する。そうして一時的に価格に与えられるインパクトが一体何を意味するのか。すこし整理しておきたい。限りなく簡単な道具でいこう。株価とは、将来に期待する収益を、待たされる分と、それが確実でない分だけ割り引いたものだ。


株価 = E[収益]/(1+割引率)


わかりやすさのために、これから一年間だけ事業を続けた後に解散する会社をイメージいただいてもよい。解散に際して売却した資産も、ここでの「収益」には含まれると思う。この文脈で株価の上昇は、1)期待する収益の増加か、あるいは2)割引率の減少である。将来に期待する収益が実質的に変わらないまま、例えば中銀が株価を吊り上げたり、国債や現金への不安が株価を押し上げれば、結果的には割引率の減少と同じことだ。待たされる分や、確実でない分の「見返り」を減らす。ぶっちゃけて言えば、いわゆる期待リターンの減少である。こうして書き換えると、見やすいかもしれない。


株価(1+期待収益率) = E[収益]


騙されているように感じられるだろうか。だがしかし割引率と期待収益率は、本質的に同じものだ。無リスク金利がゼロに近い現在、待たされる分の「見返り」は最初から薄いが、だとすれば割引率の減少は、将来が確実でない分の「見返り」を減らすことになる。リスクプレミアムである。


さて、今日のメッセージを日本語で表現しよう。株価の吊り上げ、あるいは吊り上がりは、その先に実質的な収益の増加を伴わないとき、これから株式を買う、あるいは買わざるを得ない者の懐を使って、元から株式を持っていた者や、これから売る者の懐を温める。つまり富の移転に過ぎない。白川総裁がリスクプレミアムの縮小を促すと嘯いた「包括緩和」プログラムは、あるいは政治家による口先介入は、将来に期待する収益を見積もりにくく、割り引かざるを得ない数多ある理由を、ひとつひとつ潰していく地味な仕事を指さない。ならば、いずれ吊り上った価格すら元に戻らざるを得ないだろう。打ち出の小槌は存在しない。