戦略的に目一杯の住宅ローンを組む

「35年の住宅ローンを組んで家を買うのは、政府と銀行と不動産屋に騙されてるお人好しの馬鹿だ」みたいな論調は、いつでも人気があるよう*1なのだが、資産も負債も同時に変化する、人生のバランスシート*2の一大イベントが、そんなに単純な話であるはずもない。その同じ口で、日本はもう駄目だと財政危機を煽っていたりすれば、横綱に品格を求めつつ、八百長を糾弾するようなものだ。つまり矛盾している。


引退までの給与収入

年金

自宅

現預金

リスク資産
引退までの生活費

引退後の暮らし

住宅ローン

好きなことにつかうお金
家族への遺産


住宅ローンを組んで家を買うのは、人生のバランスシートを縦に伸ばす行為*3に他ならない。もちろん資産としての自宅は、老朽化に伴って安くなってしまうかもしれないし、間違って人気が出る可能性だってゼロではない。つまりリスクがある。このとき将来の収入に比べて、あまりにも大きなそれを買ってしまえば、人生のバランスシートがそいつに振り回されてしまうことは明らかだ。一方で右側の、住宅ローンそのもののリスクは、またすこし性質が異なる。もちろん毎月の支払いがギリギリの水準なら、日常に困る場合だって出てくるだろうが、すこしの余裕を確保した後には、戦略はひとつには決まらない。具体的にいこう。


年収500万円の35歳が、500万円の貯金があったとする。このとき3000万円の家を2500万円のローンを組んで買うことと、1000万円の家を500万円のローンを組んで買うこととは、それが同じ35年固定金利であったとしても、意味が異なることは明らかだろう。要するに、35年の住宅ローンを糾弾する声が本当に言いたいのは、「身の丈に合った家を買え」というシンプルなメッセージに過ぎない。ここに「借金は悪だ」という香水を振り掛けることで、なんとなく洒落を装っているだけの話だ。さて、我々は身の丈に合った1000万円の家を買うことにして、また妙な香りは風呂に入って洗い落として、落ち着いて住宅ローン戦略を組むことにしよう。簡単のために、次の4つに戦略を絞ることにする。あなたなら、どれを選ぶだろうか。

  1. 500万円の貯金と、500万円を10年固定のローンで借りる
  2. 500万円の貯金と、500万円を35年固定のローンで借りる
  3. 貯金は使わず、1000万円を10年固定のローンで借りる
  4. 貯金は使わず、1000万円を35年固定のローンで借りる


ドライに言ってしまえば、選択は、あなたの長期金利への見通しに依存する。財政リスクにせよ景気回復にせよ、国債が売られると思うのなら、最後の選択肢は十分に検討に値するものだ。ここまで読んでいただければ、既に何を言いたいかはお見通しだと思うのだが、乗りかかった船なので、最後まで書いておきたい。


例えることさえ恐怖だが、来年の今頃に、長期金利が大きく上昇して、借りている金利を上回ったとしよう。このときあなたは、使わなかった500万円を定期預金に突っ込むことができる。もちろん借金の利息は増えないままだ。とてもおいしい。銀行はきっと、わけのわからない理屈で(形を変えた)繰り上げ返済をプッシュしてくるだろう。このローンは彼らにとって、ちっとも嬉しくない資産になってしまっている。要するに長期金利の上昇は、固定金利のローンの大きさを、実質的に縮めることになる。公平のために反対側も言っておくと、現状よりも更に長期金利が低下するとき、物価は上昇せず景気回復の兆しも見せず、日本の財政は強固に信用されたままで、借金の値段がゼロに近づくとき、3%で借りた35年のローン負担は重い。貯金の利息は雀の涙で、固定金利のローンは実質的に増えてしまっている。コインには裏も表もある。


博打を避けたいのなら、変動金利で借りるのもひとつの手だが、実は長期金利に関して、これだけの大勝負を打つ手段を、個人はほとんど*4持っていない。そして住宅ローンには、様々な形で税金によるバックアップ*5も存在している。人生のバランスシートをマネジメントする上で、「とにかく35年ローンは悪だ」と思考停止することは、あなたの見方次第では、大きな機会損失を生んでいる可能性もある。もちろん、勝ち負けはわからない。債券バブルを信じるべきなのか、誰にもわからない。いつでも、誰にも、未来は見えないからこそのリスクだ。ただ、あなたが起こした行動は、そのリスクの価格には反映される。

*1:id:Chikirin:20110203

*2:id:equilibrista:20100723:p1

*3:id:equilibrista:20091019:p1

*4:債券ベアファンドとか

*5:id:gamella:20110203:1296744706