死差益は誰のものか

生命保険用の死亡率は、年金用の死亡率の約1.5倍の水準だ。


何を言っているのか、わからないと思うが、僕にもわからない。が、具体的に言えば、生命保険では、例えば48歳の男性は、1000人に3人が亡くなることになっているのに対し、年金や医療保険の想定では、1000人に2人が亡くなることになっている。


標準生命表2007について | 社団法人 日本アクチュアリー会
http://www.actuaries.jp/info/seimeihyo2007.html


連中の説明によれば、その理由は、その方が保険の受け手にとって安全*1だからだ。保険会社は、生命保険の加入者が思ったよりも多く亡くなるとき、保険金の支払いが増えてしまう。バックミラーでは前が見えないように、人の生死は過去の統計どおりには起きない。我々はつい最近だって、新型インフルエンザの恐怖に慄いていた。一方で、年金の加入者が思ったよりも長生きするとき、年金の支払いが増えてしまう。バックミラーでは前が見えないように、人の生死は過去の統計どおりには起きない。我々はいつも、医療や介護のイノベーションに期待している。


だから生命保険用の死亡率は予め約30%割り増して*2、また年金用の死亡率は予め約15%割り引いておく。その違いは「死亡率リスク」を反映しており、両者を割り算すれば約1.5倍(=1.3/0.85)というわけだ。


馬鹿にするな。その随分な水準のプレミアムを、百歩譲って加入者が支払うことを前提としても、なぜそれを別に区分けせず、(全ての保険会社が使用する)死亡率に上乗せするのか。そう、既にお気づきのように、これはリスクプレミアムのカルテルだ。あらゆる世の中のチャレンジには、当然リスクがあって、市場で取引されるものには価格がついている。そして、分散可能なリスクのプレミアムはタダになるというのが、我々の愛するCAPMの教えだ。(戦争や大きな災害を不担保にした)保険契約を引き受けるリスクは、少なくとも僕には、大部分が分散可能であるようにも思えるが、ともあれ、その価格は需要と供給で決まっていない。保険契約者は、全ての保険会社と金融庁が結託して決めたプレミアムを、問答無用で支払わされている。で、一年が終わって死亡率リスクが実現しなければ―平均的には実現しないわけだが―莫大な金*3が余る。これが死差益である。


さて、日本で二番目に大きな生命保険会社が、昨日上場した。株式会社になったのだ。それまで何だったのかといえば「相互会社」なのだが、大雑把に言えば、これは保険契約者が同時に株主であるような形態だ。そこでは当然、少なくとも建前では、死差益は保険契約者のものだった。だから第一生命は、上場に際して(現在の)保険契約者に株式を配った。彼らが積み上げてきた利益に関して、一応の辻褄を合わせたのだ。だが待て。来年に出るだろう死差益*4はどうするのだ?株式会社なら、利益を保険契約者に配当せず*5留保してしまえば、それは株主のものだ。株式を保有している保険契約者にとっては、それでいい。しかし、これから第一生命の保険に加入する契約者が、上記のように多めに払う保険料が余ったとき、それは株主のものになってしまうのか?


成長通じ価値創造、配当性向20-30%目指す=第一生命 | ビジネスニュース | Reuters
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-14628820100401


僕の言いたいことが、だんだんと伝わってきただろうか。昨日の記者会見では明らかにされていないようだが、第一生命には、死差益を保険契約者に返そうとするのか、それとも株主に渡そうとするのか、その切り分けを明確にしてもらいたい。技術的な問題など、計算機とデータベースの発達した21世紀には存在しないはずだ。もし後者なら、僕は今からでも第一生命の株を目一杯買うし、その保険には決して加入しない。前者なら、第一生命の株にはあまり興味がない。


渡辺社長、そこのところ、はっきりさせて下さい。

*1:「数学的危険論」だそうだ

*2:「2σ」だそうだ

*3:兆円単位だぜ

*4:http://www.dai-ichi-life.co.jp/company/results/

*5:または負債計上せず