投資家は銀行の株式保有を求めていない

銀行の株式保有は収益を不安定化させるので削減を進めろという下記の日銀レビューが、先週に出ていたのだが、 全く同じ内容のレポートを [twitter:@TrinityNYC] さんが20年前に書かれた*1という。つまり20年もの間、その分量はともかく、我が国銀行の収益リスクの構造は大して変わっていないわけだ。なんとも暗い気持ちになる話だが、当局やら外野に指摘されるまでもなく、そもそも預金者も株主も、ちっとも株式保有など望んでいないという点について、今日は指摘したい。


(日銀レビュー)わが国銀行の株式保有と貸出・債券との連関リスク : 日本銀行 Bank of Japan
http://www.boj.or.jp/research/wps_rev/rev_2012/rev12j06.htm/


さて銀行の商売は多岐に渡るが、手数料ビジネスでなくバランスシートを使う部分で言えば、要するに金を貸すことが彼らの仕事だ。預金の形で借りてきた金を、ほんのすこしだけ利息を上乗せして、新しい商売やら、そのための生活の基盤としての住宅やら、チャレンジを志す方々に貸し出す。なんとも夢のある商売である。しっかりと未来を見据えて計画を立てる方々を、千里眼で見抜いて助けることができれば、その成功から分け前を受け取ることができるわけだ。もちろん失敗すれば、貸した金は残念ながら返ってこない。その厳しい側面をイメージするとき、誰だってドキドキ緊張せざるを得ないが、そもそも人生はチャレンジの連続だ。あらかじめ概ね合意された利息を預金者に返した後、そうした融資の成否が束ねられた形で、銀行の収益となるわけだが、株主が負担していたのは言うまでもなく融資リスクである。もちろん景気の全体にも影響されるだろうし、銀行員による選別にも影響される。


さて、どうも融資がうまく実を結ばない。皆が借金を減らしてスリム化を目指しているのか、それとも「生産性が低下している」のか、少子高齢化の影響なのか、あるいは緩やかな物価の下落が何らかの影響を与えているのか、ともあれ、そもそも貸し出しすら伸びない。ので、株式を持ってみたり、あるいは代わりに長めの国債を買ったり、することで収益を確保しようとするアクションは、しかし銀行の株主にとってちっともさっぱり何の役にも立たない。理由はとてもシンプルで、そもそも銀行に期待しているのは、この文脈では融資リスクであって、株式リスクや金利リスクではないからだ。


より極端に考えてみよう。預金の形で集めた金を、すべて株式で運用しちゃう銀行があったとする。この銀行の株主に返される収益の構造は、どのようなものだろうか。言うまでもなく、ちょっとだけレバレッジの効いた株式のそれだ。株式市場が上昇するとき、預金に利息を返した残りは、株主の手元に返される。株式市場が下落するとき、預金に返す利息に加えて、損失を負担するのは株主資本だ。で、そんな銀行が全然要るはずもないのは、単に株式市場のリスクが欲しいのなら、ETFやら先物の買いの方が、ずっと安いからだ。あるいは株式を選んでくれる投信だって沢山ある。エリート銀行マンの給料も、立派な店を保つコストも、馬鹿にできないほど高い。


もちろん債券でも同じことだ。融資は最近うまくいかないからといって、預金の形で集めた金を、すべて債券で運用しちゃう銀行があったとする。この銀行の株主に返される収益の構造は、どのようなものだろうか。言うまでもなく、ちょっとだけレバレッジの効いた債券のそれだ。債券市場が上昇するとき、長期金利が下落するとき、預金に利息を返した残りは、株主の手元に返される。債券市場が下落するとき、長期金利が上昇するとき、預金に返す利息に加えて、損失を負担するのは株主資本だ。で、そんな銀行が全然要るはずもないのは、単に債券市場のリスクが欲しいのなら、ETFやら先物の買いの方が、ずっと安いからだ。あるいは債券を選んでくれる投信だって沢山ある。


すこし理屈っぽい話だが、投資家は、チャレンジの全体との共分散を評価して、リスクに見返りを要求するとCAPMは示唆する。丸ごと株式市場や債券市場のリスクなら、丸ごとプレミアムを要求することを予言していると解釈してもよい。単にETF先物の買いを実行する仕事のマネジメント報酬*2は、25世紀に近づくほど、潰され極小化されてしまうだろう。すこしだけベクトルの向きを違えた「独自の」融資リスクには、世界の全体のリスクに射影された分だけ*3しか、投資家はプレミアムを要求しない。銀行員が株主に高く評価されるのは、そうしたオリジナルな仕事である。酒が足りないのならコーラでなく水で、株式や債券でなく現金等価物で割っておくのがシンプルだ。イズベスト。

*1:彼女は現在26歳なので、小学一年生の夏休み課題と思われる

*2:http://d.hatena.ne.jp/equilibrista/20091225/p1

*3:http://d.hatena.ne.jp/equilibrista/20110819/p1