「金買い」は金融政策の問題そのもの

金融政策について大変勉強になる、よく読んでいるブログのひとつの昨日の記事は「年金の金買い」。僕もすこし意見あります。


本石町日記 : 年金の金買いは「経済のおくりびと」?
http://hongokucho.exblog.jp/10407433/

ドルを基軸とする管理通貨制度が揺らぐ中で、結果的に金価格を押し上げている行為がどのような影響を与えるか、というのは多少は考えて欲しいと思ったりする。金を個人が買うのは別にいいのだが、年金は立派な機関投資家でありますから、自らの振る舞いが周囲からどう見られるのかもっと気にしていい。


うーむ、とはいえ年金の意思決定者は、何よりも第一に加入者の利害を代表しているわけで、「周囲からどう見られるのか」ということよりも年金資産の成長(を少なくとも志向しているというポーズ)を優先して行動をとることは、非難しようがないと思うのですよね。


金買いを規制したらどうかという提案にも、あまり賛成できないのは、規制したところで結局、関連株式だとか、関連ファンドだとか、別のコモディティだとか、似たような別のところに資金は向き、別の価格の歪みや別のバブルをつくり出すだけなのではなかろうかと。

ヘッジ行動はミクロ的には正しくても、マクロ的な不安定性を強めることがある。米住宅バブルが崩壊したとき、年金マネーの一部が原油穀物に流れて「コモフレーション」(スタグフレーション的影響)を招いたのは記憶に新しい。


とはいえこれはおっしゃるとおりで、だとすれば年金の振る舞いに責任を求めるのでなく、むしろこれを促してしまう中央銀行と金融政策に、問題の根本があるのではないか。つまり緩和しすぎ。


お金を必要以上にじゃぶじゃぶさせれば、必ずどこか別の資産価格を押し上げてしまう。そう思うと金融超緩和は単に所得の移転に過ぎず、システムが効率的になるほど、情報と判断を併せ持つ投資家や投機家の行動によって、結局のところ中央銀行自身の損*1をつくり出してしまう。つまり金価格の高騰は、「金融緩和のやり過ぎ」を警告するシグナルのひとつなのではないかと思うわけです。


もちろん年金みたいな長期の投資は、生産活動の資金としての株式や債券に向くことが健全なわけで、金だとか原油だとか穀物だとかの実物資産よりも、彼らを生産リスクの担い手とさせるための環境整備、こちらはむしろ政府の仕事なのだろうが、そのために金融システムの安定はもちろんのこと、例えば不安なく投資(またはその説明を)できる情報公開の徹底のような施策を進めることが、大切なのではないだろうか。

*1:国民の損だけどさ