信用とデュレーション - 長期金利はどのように上昇するか

格付け会社が何か言ったようだ*1が、日本は既に財政危機に陥っているとか、いや国債はもっと発行しても大丈夫だとか、あちこちで様々な議論を見かける中で、ほとんど常に欠落しているように見受けられる二つの大切な概念がある。信用とデュレーションだ。政府の債務は投資家にどんなふうに評価され、彼らのポートフォリオの中でどんなふうに扱われるのか、なるべく具体的に考えてみたい。


政府予算案と国債の増発について (金子洋一「エコノミスト・ブログ」)
http://blog.guts-kaneko.com/2009/12/post_494.php

今後の国債の価格を考える上では、既発分ではなく、来年度一年間の国債の需要と供給の関係を考える必要があります。おおざっぱに表現すれば、来年度の貯蓄過剰分以上の国債の発行が来年度行われれば、これまでの国債の需給によって決定されていた現在の国債価格よりも、今後の価格が下落する、つまり長期金利の上昇が起こります。


ちげーよw


エコノミストを名乗る与党の国会議員の認識がこの程度なのだから、財務省だって頭が痛いだろうと思う。根本的な話だが、債券とは市場で取引される借金のことで、既発分が売られないと考える能天気さには驚くばかりだ。ドライに考える投資家にとって、国債を評価するためのポイントは、将来の短期金利がどうなるのか、借金はちゃんと返されるのか、といったあたり*2だが、後者を一言で表せば、それが「信用」だ。その水準や動向次第で、国債を市場で売りに出すのは普通のことだ。


財政破綻など起きるはずがない」「その前に、日銀が国債を引き受ければよい」などというのも、よく聞く話だが、そういう極端な話をしようとは、投資家はあまり考えていない。気にしているのは、単に値段だ。


ギリシャがこれなら、日本はこのくらい?」


競馬場に行ってみよう。どう考えても勝てないと思われる馬にも、しっかりとオッズはついている。駄目な馬同士でも、比べてみると、それなりの差はついていることがわかるはずだ。カネを出す我々には、いつだって選択権があるし、物好きはどこにでもいる。


信用の文脈で、オッズは長期金利*3として表現される。今後10年の間に、日本が財政破綻するなんて、現時点では、ほとんどの連中は考えていない。が、まあでも、あいつよりは高いけど、あいつよりは安くていいよね。と、パドックの状態は常に値踏みされるのだ。競馬と異なるのは、値段が下がっていくだろうと予想されるそれは、物好き以外は市場で手放すため、オッズは加速度的に変化する。そしていやなことに、そんな値踏みはたまーに当たってしまう。思い出してみよう、10年前にJALが潰れるだなんて、誰も想像していなかったではないか。


案外、破綻しない不思議なもの、3つ - Chikirinの日記
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20091120

現在の日本の国債の消化先(借金の貸し手)は、(1)銀行、(2)機関投資家(保険と年金)、(3)個人です。このうち(1)と(2)は最後まで国債を買うだろうなと思います。理由は財務ルール上で国債が非常に特殊な商品だから、です。銀行であればBIS基準、保険会社も同様のルールがあるし年金も一定のルールに基づいてアセットアロケーションをしています。そういうルールの中で、「自国の国債」というのは、リスクウエイトが極めて低い有利な商品として位置づけられています。


ちげーよw


いやね、自国の国債が安全だと言われてるのは合ってますよ。でもね買い支えろとは、少なくともBISには言われていない。年金や保険も、自国の国債が無難だよねとは言われているが、買い支えるべしとは誰も*4言っていない。彼らが守るべきは第一に、預金者の、保険加入者の、年金加入者の、財産だからだ。国債を売ったお金はどうするの?と思われるかもしれない。だって株買ったり、外国に投資したりすると、怒られたり、面倒な説明が必要だったり、ペナルティを喰らったりするもの。ええ、もちろんまた国債を買うんですよ。でもね、違うんだな。より償還が近い国債を買うんです。返済までの長さが短いものを。こういう動きを「デュレーションの短期化」と呼ぶ。


なぜすぐに償還される債券を買うのかといえば、より長いものと比べて、発行体の「信用」が毀損されることの影響を、あまり受けないから。だってそうでしょ。明日返してもらえる借金の値段は、5年後の財政が危ういからといって、それほど劇的には下がらない。そして皆がこうした行動を起こすと、より長期の金利から水準が上昇してくる。イールドカーブが立ってくるのだ。これは本当に怖い。


長期の住宅ローンを、変動ではなく固定で借りたい需要にとって、マイホーム購入は厳しくなってしまう。また商売をされている方々なら、借り入れの金利が引き上げられる恐怖は、あらためて説明するまでもないだろう。景気がよいわけでもないのに、金利だけが上昇すると、世の中全体の貸し借りが減ってしまう。リスクの分業が減ってしまうのだ。


原口大臣は年金運用を改革すると意気込んでいるし、第一生命は株式会社になるらしい。そういった大口の投資家が、今よりも資産の評価に敏感になる*5とき、より信用の毀損を気にするとき、横並びの大好きな連中が一斉に短期化に走ったとしても、まったく不思議とは言えない。財務省が主催している国債投資家懇談会*6を、覗き見してみよう。その大口の投資家の方々が、我々の代理人が、あまりにもイノセントなことに僕だって驚く。一方で、あまり大きく報道されていないが、国債全体のデュレーションは、しれっと長期化されてきている。そう、財務省はわかっているのだ。いまのうちだ。


借金して無駄遣いするのはやめよう。景気は決してよくない。悪い金利上昇は、勘弁して下さい。

*1:http://www.nikkei.co.jp/news/main/20100126ATFL2606T26012010.html

*2:id:equilibrista:20090612:p1

*3:正確には上乗せ部分だ

*4:亀井大臣以外は

*5:少なくともIFRSは、そう要請する

*6:http://www.mof.go.jp/singikai/kokusai/top2.htm